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Enjoy life! 面白く生きていく yoshiのブログ

面白いと感じた事やその取り組みなど自分が考えて実践した事などを書いていくブログです

アドラー心理学14 共同体感覚3

心理学

 

引き続き、「嫌われる勇気」から。

 

「我々はここにいてもいいんだという所属感を求めている。しかしアドラー心理学ではただそこにいるだけで所属感は得られるものではない。共同体に対して自らが積極的にコミットすることによって得られるものではだと考えます。」

 

 

具体的には、

 

人生のタスク」に立ち向かう事です。


つまり、仕事、交友、愛という対人関係のタスクを回避することなく、自らが足を踏み出していくと。

 

あなたは世界の中心にいるわけではない。自分の足で立ち、自分の足で対人関係のタスクに踏み出さなければいけない。

 

この人は私に何を与えてくれるのか?

 

ではなく

 

私はこの人に何を与えられるか?

 

を考えなければならない。それが共同体へのコミットであると」

 

なるほど。

 

人生のタスク、以前のブログに取り上げましたね。


やはり自らが動いて、そして所属感を獲得していくという事でしょうね。

 

そこで、この共同体の範囲ですが、
どこまでなのでしょうか?

 

アドラーは自らの述べる共同体について、家庭や学校、職場、地域社会だけではなく、例えば国家や人類などを包括したすべてであり、時間軸においては過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれるとしている。」

 

えっ?

 

範囲広すぎ!!

 


「つまり、我々が共同体という言葉に接した時に想像するような既存の枠組みではなく、過去から未来、そして宇宙全体までも含んだ、文字通りの全てが共同体であると提唱しているのです。」

 


宇宙までも?

 

 まさしく範囲は無限大ですね(笑)

 

では何故、複数の共同体を意識すると同時により大きな共同体までも意識しないといけないのでしょうか?

 

それは、

 

「我々が対人関係で困難にぶつかった時、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは

 

より大きな共同体の声を聴け

 

という原則があると。

 

つまり、学校なら学校という共同体のコモンセンス(共通感覚)で物事を判断せず、より大きな共同体のコモンセンスに従うのです。

 

目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっとほかの「わたしとあなた」
もっと他の「みんな」もっと大きな共同体は必ず存在します」

 

へぇー

 

「これはわたしとあなたの関係でもいえることですが、もしもあなたが異を唱えることによって崩れてしまう程度の関係なら、そんな関係など最初から結ぶ必要などない。こちらから捨ててしまってもかまわない。関係が壊れることだけを怖れて生きるのは他者のために生きる不自由な生き方です。」

 

強気ですね💦

 

でもこれは必要でしょう。

 

出会いがあれば別れはあるとも言うし、人生は長いようで短いんだし、人が出来る事は限られてる。

 

ならば、

 

まずは自分のために生きると。

そして他者に還元していくと。

 

なんか、こう考えると、

 

世の中を丸く、自分の図形、〇を意識すればヒントは見つかるし、より、物事が循環していく感じがしますね。

 

いつまでも尖っているのではなく、壁に当たりながら少しずつ凹凸を削っていき、でも中心は重く、太くしていくと。そこには知識、経験、知恵などを溜めていき、自分の道を転がるのではなく前に積極的に進んでいくと。最終的にはその道が丸いレールになっていき、途中下車しながら自分の中心にあるものを還元していくというイメージですね👍

 

 

では また次回✋️