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Enjoy life! 面白く生きていく yoshiのブログ

面白いと感じた事やその取り組みなど自分が考えて実践した事などを書いていくブログです

アドラー心理学18 他者信頼

心理学

引き続き「嫌われる勇気」からですが、

 

第2のキーワードとしては、

 

他者信頼です

 

では読んでいきます。

 

ここでは、信じるという言葉を

 

信用と信頼とに

 

区別して考えます。


まず信用とは、条件付きの話しです。

 

英語でいうクレジットで、銀行でいえば担保です。


これに対して、対人関係の基礎は、

 

信用ではなく、

 

信頼によって成立しているのだと考えるのがアドラー心理学の立場になります。

 

 

その場合の信頼とは、

 

他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないことです。

 

担保の事など、考えずに無条件に信じる。それが信頼です。

 

んー。

 

無条件ですか?


用心深い性格の自分にとっては正直受け入れ難いですねー(笑)

 

ある程度関係が築けてる間であれば無条件に信じる事はできそうですが


それ以外の人達をいきなり無条件に信頼せよと言われても急にはできないです。

 

しかし

 

浅い関係であれば、破錠した時の痛みは小さい。

 

しかしその関係から生まれる日々の喜びもまた小さいはずです。

 

それを他者信頼によってもっと深い関係に踏み込む勇気を持ちこたえてこそ、対人関係の喜びは増し人生の喜びも増えていくのです。

 

たしかに。

 

これは理解できます。

 

まあ、身内や家族友人、などは無条件に信頼はできますが


でも、

 

それ以外の関係の人達にはもし裏切られたら?

 

という考えはどこか片隅にはやはりあります。

 

そこで、

 

裏切られる事の恐怖を踏みこえるだけの勇気はどこから出てくるのか?

 


それが自己受容です。

 

ありのままの自分を受け入れ、

 

自分にできる事、自分にはできない事を見極めることさえできれば、

 

裏切りが

 

他者の課題である事も理解できるし

 

他者信頼に踏み込む事も難しくないと。

 

そして

 

こう考えてください。

 

我々には信じる事ができますし、疑う事もできます。


そして我々は他者を仲間と見なす事を目指しています。

 

信じる事と疑う事のどちらを選択するかは明らかでしょう。

 

なるほど。

 

裏切るか、裏切らないかは他者の課題の分離で 結局は自分が無条件に信じるか、信じないかが問われると。 

 

そして他者を仲間と見なす事を最終的に目指しているのであれば、信じるしかないだろうと。

 

あくまでも自分を主体に考えていれば、もし仮に裏切られたと感じる事があり、痛みや悲しみを伴っても、立ち直りが早くなるという事ですかね。

 

まあ、出会った人全員に全幅信頼を寄せる事はできないので、まずは身内や友人を、課題の分離など、今までとは違った意識を持って信頼していきたいと思います。

 

 

では また次回✋️