Enjoy life! 面白く生きていく yoshiのブログ

面白いと感じた事やその取り組みなど自分が考えて実践した事などを書いていくブログです

アドラー心理学 人間の問題行動

前回の続きですが、、、

 

 

かなりあきましたねー💦

 

 

GWはカレンダー通り休みを頂けたので、ゆっくりとしてました(笑)

 

あまり遠出はせず、近場で、家族でサイクリングしたり、テニスの試合出たり、
ONE OK ROCKのアルバムを聴きまくってました。

 

機会があれば触れますが、久々にバンドでワンオクにはまりましたね。この歳になってまさかという感じです(笑)

 

 

では本題に入っていきます。

 

アドラー心理学では叱ってはいけないと説いています。

 

その理由として、まずは人間の問題行動に触れ、5項目の中の前回は1の称賛の要求まで考えました。

今回は2以降です。

 

 

2、注目喚起

 

1の称賛の要求が満たされない時、ほめられない場合、

人はほめられなくてもいいから、とにかく目立ってやろうと考えます。

 

この段階では、もうほめられようとは思っていません。



次からは対処が難しくなってきます。

 

3.権利争い

 

挑発を繰り返し、戦いを挑む、その戦いに勝利することによって自らの力を誇示しようとする。一言で言えば 反抗です。

 

次に

 

4、復讐

 

に突入します。

 

これはもう想像つきますよね。

 

1.2.3とこれは全て、もっと私を尊重してほしいという愛を乞う気持ちの表れです。

 

この愛の希求が叶わないと知った瞬間、人は一転して、憎しみを求めるようになるのです。

 

わかりやすいとこでは、ストーカー行為や引きこもりです。

 

次は最後、

 

5 、無能の証明です。

 

人生に絶望し、自分のことを心底嫌いになり、自分には何も解決できないと信じ込むようになり、これ以上の絶望を経験しないために、あらゆる課題から逃げ回るようになる。

 

おっと。

 

叱ると最終的には人間はここまでになってしまうんですか?

 

 

いわゆる問題行動の大半は、第3段階の権力争いにとどまっています。
そこから先に踏み込ませないためにも、教育者に課せられた役割は大きいのです。

 

なるほどね。

 

しかし、世の中の大人はここまでの認識がありますかね?

 

僕も含め大半が原因論で考えると思うので、その場しのぎの対処法で事を済ましてるのでないでしょうか?

 

アドラー心理学を全て鵜呑みにしようとは思ってはないですが、人間の心理学についてもっと早い段階で学べる環境があればいいなぁと感じますね。

 

どれが正解ではなくて、傾向と対策ですよね。

 

で、ここからが本題で、叱る事がなぜ有効性がないのかを述べています。

 

色々と具体例を挙げてますが、まとめると

 

怒りや暴力を伴うコミュニケーションには、尊敬が存在しない。それどころが軽蔑を招く。叱責が本質的な改善につながらない事は自明の理です。


ここから、アドラーは、怒りとは、人と人を引き離す感情であると語っています

 

また

 

暴力という未熟なコミュニケーションに頼ってはいけない。もっと別のコミュニケーションを模索しなければならない。

 

暴力の原因として挙げられる、相手がなにを言ったとか、どんな挑発的態度をとったとか、そんなことは関係ありません。

 

暴力の目的はひとつですし、考えるべきはこれからどうするかなのです。

 

なるほど。

 

暴力は未熟なコミュニケーションなんですね。考えた事もありませんでした。

 

では、コミュニケーションの目的、目標は何なんなのか?

 

最終的目標は、合意の形成です。
伝えるだけでは意味がなく、伝えた内容が理解され、一定の合意をとりつけた時にはじめてコミュニケーションは意味を持つ。

 

と書いてます。

 

合意までには、相当な時間を労し労力も必要でしょう。

 

でも暴力という未熟なコミュニケーションで済ますのではなく、未熟な状態から成長していく為にも互いに合意できるコミュニケーションを図っていかないといけないという事でしょうね。


しかし、ムダが省かれ、電話よりもメールやSNSでの会話が中心となってるこのご時世に、合意までに労力を伴うコミュニケーションを図れと、、

 

なんか面倒くさいってなりますよね。

 

まあ人にもよるんでしょうけど、、

 

欧米人は多民族国家だから、必然とコミュニケーション力を身に付けないと社会で上手く生きる事ができない。


たが日本人は今でこそ、国際色豊かになってるきてますがほぼ単一民族といってもよい。


そんな中、暗黙の了解みたいな風潮がありますよね。

 

「わざわざ伝えなくてもわかるよな? 」

 

感じです。

 

なので、逆に意見を伝え合う場があまりないですよね。 

 

でも、一番身近な家族や友達なら取り組めると思います。

 

現にGW中、子供達とコミュニケーションを図りました(笑)

 

内容は単純ですが友達と遊ぶか? 水族館に行くか? 実家に帰るかなど。お互い合意に至るまでそれなりに話し合いました。

 

親の権限で、決断すれば早いけれど今年はせっかくなんで子供達の意見も聞いた上でお互い合意できるコミュニケーションを図りたいなぁと思ったので。

 

まあ、色々とエラーは出ましたが、最終的には互いに気持ち良く行動できたと思います。

 

この一つ一つがちょっと面倒くさいですけど未熟な段階からの一歩脱却に繋がるんでしょうね!

 

これで「幸せになる勇気」の二部を終えたので次回は3部からです。

 

では また次回✋️

 

 

幸せになる勇気 第2部

ここでは、主に賞罰教育について書いています。

 

嫌われる勇気にもありましたが、個人的には賞罰の賞がまだ腑に落ちないですね。

 

またここ最近も、長男をなるべく控えめに褒めたんですが喜んでましたし、、、

 

褒めてはいけないと💦


またさらに理解を深めたいと思います😅

 

では、まずは賞罰の罰について。

 

 

現代のアドラー心理学では、人間の問題行動について、その背後に働く心理を5つの段階に分けて考えます。


1、称賛の要求

2、注目喚起

3、権力争い

4、復習

5、無能の証明

 

となってます。

 

では1つずつ考えていきます。

 

1、称賛の要求

 

親や教師に向けて「いい子」を演じる。組織で働く人間であれば上司や先輩に向けてやる気や従順さをアピールする。

 

これって、特に問題はないですよね?


逆に優等生でいいじゃないですかー

 

でも、アドラー心理学では、

 

彼らはいいことをしているのではありません。ただ褒められることをしているだけなのです。

 

彼らは、褒めてくれる人がいなければ適切な行動をしないのだし、罰を与える人がいなければ不適切な行動もとるというライフスタイルを身につけていくのです。

 

なるほど。

 

つまり、自立できない訳ですね。


まさに指示待ち族の予備軍になってしまうと。

 

では、どういう点に着目していけばいいのでしょうか?

 

特別でなくとも価値があると教えていくのです。尊敬を示す事によって。


具体的には、何かいいことをしたときに注目するのではなく、もっと日頃の些細な言動に目を向け、その人の関心事に注目し、共感する。

 

おっと、ここで前回のブログの内容に戻るわけですね。


ありのままを認めて、上記の内容に目を向けると。

 

これは、つまり、過程を見よという事でしょうか?

 

テストで30点取り、点数で判断するのではなく、どこで間違い、何が正解してるのか?日頃の勉強はどうだったかなど内容を見よと。

 

将棋で例えれば感想戦でしょうね。


勝敗の原因を探ったり、ある局面を振り返り、仮にこう指しておけばどう展開したのか? 詰みがなかったのか? などなど、

 

共に最後は共感していきます。

 

将棋って、盤は小さいですが、人間のあらゆる場面があそこに詰まってる感じがしますね。

 

アドラーにも通じるものがあるなー

 

今回はこの辺りで^_^

 

では また次回✋️

日本 vs タイ

いやー。ちょっと時間差ですが💦

 

この試合ヒヤッとさせられましたが終わってみれば4-0と完勝でしたね。

 

テレビ観戦後の感想を少し😄


この試合、久保がいなければ、引き分けか負け試合でしたね。

 

それぐらい残念ながら内容が乏しかった。

 

次に繋がる光が久保と本田の使い方ぐらいしか見当たらなかったですね。

 

この試合はゲカ人が続出で、慣れないポジションでプレーした選手もいました。

 

なので、多少守備などにもたつく時間帯がありました。

 

まあ、これは想定内としても攻撃面で、このままでいいのか?と不安になりました。 

 

僕も、中学生まではプレイヤーでしたし今は日本サッカー協会の指導員の資格を持ってますので(一番下のランクですが)
将来の為に意見を言わせてもらいます👍

 

まず守備は日本人は根本的に得意だと思うので、組織力と適材適所に選手を配置できれば特に問題ないと感じてます。

 

問題はマイボールになってからのゴールまでのシナリオですよね。

 

日本人が弱い僕も弱いですが戦略の部分です。

 

やはり点を取らないと勝てない訳だから、ゴールまでのシナリオをどうするのか?

 

タイ戦では、それがあまり見えませんでした。

 

個人技頼りで、まさに出たとこ勝負ですよね。

 

4点とりましたがW杯本戦だと通用するかどうか甚だ疑問です。

 

特に気になったのは、味方の足が止まってる場所にボールが出てるところです。

 

どういう事かというと、仮に一番後ろの吉田麻也がボールを保持してるとしましょう!

 

そこで多いのが探りながらの横パスです。

 

サイドに開いている長友や酒井宏樹にパスを出します。

 

これはこれで良いんです。仕掛けるタイミングを計っているなら。

 

問題は前線にいる選手達の動きです。

 

後半は特にその場で止まってましたね。

 

だからパスが出てもダイレクトでボールを叩いたりなど出来ず、まずはボールを止める事になり、相手DFに寄せられるパターンになっていた。

 

これだとスピード感がないし、肝心のシュートが打てない。

 

でも唯一、岡崎と久保はチョコチョコと動いていた。戻ってきたり、前に動いたりとスプリントしてましたね。

 

そのタイミングでボールが出れば面白いのに、

 

そこに出ないんです。

 

やはりリスクがあるんでしょうかねー

 

スペインやドイツ代表などは選手が動いてる所にボールが出てくるから流れる様な攻撃になり、かつスピード感がある。

 

日本は連携が得意なんだから、出来るはず!

 

もっと長所を生かして欲しい。

 

例えば、

 

山口蛍がボールを持ったら、香川が戻ってボールをもらいに来る。同時に久保や原口が香川からのパスをもらえる場所に走りだし、また、わざと逆に走ってターンして走りだす。と、同時に岡崎や大迫がゴールに直結する走りをしておく。

 

みたいな感じです。

 

まさしく連動ですよ。

 

それをいつもやるのではなく、緩める時は緩め、早める時に早める。スイッチを入れる!

 

そう出来れば最高です。

 

そして最後はシュートです。

 

この間のドイツ代表を引退したポドルスキーイングランド戦で見せたシュート。

 

マークを受けながら、すぐ様、ゴール右隅の上に突き刺さるシュート!

 

素晴らしいです✌️

 

あの様なシュートを日本人もたくさん打って欲しい。

 

タイ戦での久保のシュートはコースも似てましたね。


ちょっと気になったのでYouTubeでシュート練習を色々と見ましたが、圧倒的にゴロが多い。

 

まあ、試合前なんで、アップ程度にやってるのかもしれませんが、もっと、ゴールにこだわって欲しい。

 

キーパーに止められても平然としてる。

 

その中で、中村俊輔のシュート練習の動画を見ましたが、この人はやはり上手い。

 

ほぼ9割入ってました。それも右隅、左隅へと打ち分けて。

 

これぐらいシュートを打てる選手が代表に3人から4人いると、得点率はアップすると思いますよ!

 

ぜひ、パスだけではなくシュート練習にも比重を置いて欲しいです。

 

ちょっと長くなってしまいました💦

 

では また次回✋️

 

 

出来事

先週一週間、微熱が続いてて、

 

今週になり、やっと熱が下がり、

 

ようやく、ブログを書く気になりました(笑)

 

しかし、一週間も微熱(37.5度ぐらい)が続くなんて人生初の経験でした💦

 

もう今年で40歳になるので身体が変化してきてるんですかねー😅

 

 

では、引き続きアドラー心理学

 

と言いたいのですが、

 

先日、長男と衝突したので、その体験談を今後に生かす為にも書いていきたいと思います。

 

内容としては、

 

僕が縦の関係で、長男を見て、意見を述べた結果どうなったのか?

 

てな感じです😅

 

 

まず家に帰宅すると長男は宿題をしてました。

 

普段よりも今日は宿題が多く時間がかかってたみたいで、僕の帰宅後ぐらいに丁度終わりました。

 

そこで、長男が、

 

「お父さん! 3年生の一年間で書いた作文集を作ったから、後で暇な時でも読んでよ」

 

と言い、作文集を渡してきました。

 

 

僕は、

 

「わかった。後で読んでおくから」

 

と伝えました。

 

そして、晩御飯を食べ終え、その作文集を読んでみると、

 

国語が苦手な長男が一生懸命に書いてるのがわかり、前期よりも後期に書いた作文が字も丁寧に書けており、成長してるなと感じました。

 

ここまではよかったのですが、最後の作文に
4年生の目標を2つ書いてました。


長男なりに、考えて書いた事は理解できたのですが、その目標が長すぎて、イマイチわかりませんでした。

 

ここでちょっと僕のスイッチが入ってしまい、

 

「目標って、もっとシンプルに分かりやすく書けばいいのに、こんなダラダラ書いたらわからないし、それに対して先生も全く触れてない。これだとすぐに忘れてしまい目標の意味がない、、、」

 

と思い、

 

すぐに長男を読んで聞いてみました。

 

「〇〇! 4年生の目標を教えてよ」

 

すると長男は、

 

「それが3ヶ月前に書いた文だから忘れたんだよねー。」と。

 

ならば、

 

「じゃ ちょっと 読んでみてよ。」

 

と長男に目標を読んでもらいました。

 

「1つ目は、テストの時に最後に誤字脱字がないように3回見直して100点をとるように頑張る。

 

 

2つ目は、授業中で集中力がきれて先生の話を聞いてない時があるので、集中力をきれないようにする」

 

みたいな感じだったと思います。

 

ここで

 

「目標がちょっと長すぎない?


もうちょっとシンプルにできない?


これだと多分忘れてしまうし、何をすべきかわからなくなると思うよ。」

 

と僕は一個人として意見を述べたつもりが、

 

長男には説教に聞こえたみたいです。

 

この解釈の違いで、互いに対立してしまい、


その日は寄り添う事ができませんでした。

 

後から嫁と2人で意見をぶつけあいながら話し合い、

 

その後、

 

テニスサークルの練習の日だったので、気晴らしに2時間参加してきました。

 

そこで、今回の結論としては、

 

 

まずは何故こうしたのか? 書いたのかを自分なりに解釈し、認めてあげないといけないなと。

 

 

つまりあの時は、

 

こんなダラダラと長い目標はよくわからないから何故もっとシンプルに書かないのか?

 

と思ってたので、つい僕の意見として言ったつもりが縦の関係になり、説教になってしまったんだと。

 

そこでお互いの意見を述べあい、理解したい場合はまずは相手の意見を聞くべきだと。

 

そしてタイミング良く、なるべく冷静な時に聞くべきだと感じました。

 

 

その為には、話せる準備をしておくと。

 


例えば、前置きするのも手かもしれません。

 

後で話せる? や、

 

今話せる?

 

など。

 

互いの時間を創る工夫をするという事ですね。

 

 

僕は、コミュニケーションとして意見を互いに伝えあい、

 

より一層の親密な関係を構築できたらと考えてます。

 


その為に意見を述べやすい場作りを提供するのも親の役目かもしれません。

 

 

今回の件で、色々と考えさせられました💦

 

 

今後は相手の意見を聞いてから自分の意見を伝えたいと思います。

 

最後に、


その日は長男よりも嫁に自分の意見を吐き出しました!


まあ理解したかしてないか分かりませんが
一つだけ言えるのは、

 

なんかスッキリしたと言う事(笑)

 

溜まってたのが全部出てクリアーなった気分です👍

 

 

では また次回✋️

アドラー心理学19 他者貢献

 久々のブログですね。ちょっと花粉症や、風邪をひき、体調を崩してしまいました😅

 

その間に前回のブログで触れてた、

 

バルセロナパリサンジェルマンチャンピオンズリーグの2ndレグ!

 

まさかの奇跡がおこり、バルセロナの逆転勝ちでしたねー。


今回ばかりはパリが先に駒を進めるだろうと思っていたんですけど、、、

 

バルセロナの意地やプライドを見た感じがしました。

 

 

 


では、前回の続きからいきます。

 

 

第3のキーワード

 

 

それが他者貢献です。

 

 

「嫌われる勇気」を読んでいきます。

 

 

 

 

他者貢献とは、仲間である事他者に対して、なんらかの働きかけをしていくこと。貢献しようとすることを言います。

 

この意味するところは、自己犠牲ではありません。むしろアドラーは他者のために自分の人生を犠牲にしてしまう人を

 


「社会に過度に適応した人」

 

であるとして警鐘を鳴らしてるくらいです。

 


よって、「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、

 

むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそ、なされるものなのです。

 

 

社会に過度に適応した人ってなかなかユニークな表現ですね(笑)

 

 

ここまでくればあまり違和感なく受け入れる事ができます。

 

やはり自分が主体なんだと。


自分が他者に何ができるかを考え実践していくべきだという事でしょうね。

 

 

もっともわかりやすい他者貢献は仕事でしょう。

 

社会に出て働く事。

 

あるいは家事をこなすこと。

 

労働とは金銭を稼ぐ手段ではありません。

 

我々は労働によって他者貢献をなし、共同体にコミットし、誰かの役に立っていることを実感して、ひいては自らの存在価値を受け入れているのです。

 


つまり仕事の本質は他者貢献です。

 

うーん。なるほどー

 

仕事の本質は他者貢献かー。  

 

 

時折、何の為に、この仕事をしてるんだろうか?と思う時があります。

 


特に好きでもない仕事に何の価値があるのか?

 

僕の理由は、

 

やはり家族を養う為でしょうね。

 

 

それがなければ今の仕事はしないでしょう。


だって絶対に働きたくない業界でしたから。

 

だからこそ、今、自分らしい人生を少しでも送りたいと思って興味がある分野に深く取り組んで実践してるわけです。  

 

 

また、我が子や、このブログを見てくれてる方が、自分らしく人生を送る為のヒントを見つけてくれたらという願いもあります。 

 

 

勉強も大切ですが、人間として生まれてきた以上は何か意味があるわけで、一度しかない人生を悔やんで終わりたくないです。 

 

1人1人が自分らしい人生を早く見つければ余裕がうまれ、楽しく触れ合う社会が実現できるのではないかと思います。

 

未来は、より一層変化していくでしょう。


シンギュラリティが来て、機械の人工知能の社会進出がより顕著になり、人間は働く場所を失うかもしれません。

 

いや、逆に社会や会社、仕事事態の本質が変化するかもしれません。

 

そうなれば働き方も変わるでしょう。


週3から4日しか仕事しないかもしれません。

 

だからこそ、ベーシックインカムが必要になってくるのではないかと。


それも現行のベーシックインカムではなく、その時代や国にマッチしたベーシックインカムがいいんじゃないかと。


もし、そうなれば、

 

仕事漬けにさらされた時間が余暇にまわり、

 

他の仕事やボランティアやスポーツなどできる時間がうまれてきて、より人生に幅が広がり楽しくならないかと考えてしまいます。

 

まあ、話が脱線しましたが、大事なのは、

 

自分が他者に何が出来るかを考え、実践していく事。それが他者貢献に繋がるのではないか。

 

そして、これは僕個人の思いで、


コンピュータだけではなく、人間もアップデートしていくべきでしょうね!

 

実践→ エラー → アップデート → 実践

 

の繰り返しじゃないかと😄

 

 

では また次回✋️

 

アドラー心理学17 自己受容

 

今までのブログで共同体感覚を得る為の理論などを学んできましたが、ここからは、さらに新しいキーワードが出てきます。

 

 

それは「自己受容」です。

 

 

引き続き、「嫌われる勇気」から

 

まずは自己受容をより理解する為に自己肯定との違いを述べています。

 

自己肯定とは、できもしないのに「わたしはできる、わたしは強いと」自らに暗示をかけることです。

 

これは優越コンプレックスにも結びつく発想であります、自らに嘘をつく生き方であるとも言えます。


一方、自己受容とは、

 

仮にできないのだとしたら、そのできない自分をありのままに受け入れ、できる様なるべく、前に進んでいくことです。

 

もっとわかりやすくいえば、60点の自分に「今回はたまたま運が悪かっただけで、本当の自分は100点なんだと言い聞かせるのが自己肯定で、

 

対して、60点の自分をそのまま60点として受け入れた上で100点に近づくにはどうしたらいいかを考えるのが自己受容になります。

 

さらに、

 

変えられるものと、変えられないものを見極めるのです。

 

我々は何かを与えているかについて変えることはできません。

 

しかし与えられたものをどう使うかについては、自分の力によって変えていくことができます。

 

そして、

 

我々は何かの能力が足りてないのではありません。

ただ勇気が足りてない。

全ては勇気の問題なのです」と。

 

僕の中で、自己肯定は多少違和感がありました。

 

物事を前向きに捉える事は共感できますが、現実を離れた肯定の仕方は無理があるだろうなと。

 

それに何も努力してないのにいずれ出来るとかは夢の様な話しですよね。

 

もちろんだからと言って人間の可能性を疑ってるのではなく、

 

逆に普段使用されてない脳力をたった3%ではなくて20%ぐらい使う事が出来ればもっと人生が楽しくなるだろうなと思っています(笑)

 

 

そこで、大事なのが自己受容って事ですよね。つまり現実的に考えなさいと。

 

普段から目的を達成する為に何をしてるのか。

 

僕でいえば脳力を20%使う為に何をやってるのか?

 

試合でゴールやヒットを打つ為に何をしてるのか?

 

テストで100点取る為に何をしてるのか?

 

って事ですよね。

 

やはり普段から何を意識しながら毎日を送っているのかが問われると。

 

僕は、今、興味があるものを掘り下げて考えて行動していきたいと思ってます。


その一つがこのアドラー心理学です。

 

題材にしている「嫌われる勇気」がもう少しで終わるので、

 

次は「幸せになる勇気」に取り組みたいと思っています。

 

それが終われば、その時に興味があるのに取り組む予定です。

 

今この段階では、

 

ベーシックインカム」か「ビットコイン

には興味あります😄

 

まあ、先はわからないので、

 

では また次回✋️

アドラー心理学16 横の関係

 

引き続き、「嫌われる勇気」からの共同体感覚ですが、

 

対人関係の入り口には、

 

課題の分離があり、

 

出口には共同体感覚がある。

 


そこで以前のブログの課題の分離のところであげた、

 

対人関係を横の関係に築いていく

 

を深く掘り下げていきます。

 

「まずは他者との間に、一つでもいいから横の関係を築いていくこと。そこからスタートしましょう。ここは非常に重要なポイントで、縦の関係を築くか、横の関係を築くか、
人間は自らライフスタイルを臨機応変に使い分けられる程器用な存在ではありません。
要は、この人とは対等に、こっちの人は上下関係でとはならない。
そこで1人でも横の関係を本当の意味で築く事ができたら、そこを突破口にしてあらゆる対人関係が横になっていくでしょう。」

 

 

なるほど。

 

 

僕も含めて日本人のほとんどは縦社会で揉まれ、小、中、高、大学生と、先生が教壇の前に立ち生徒は静かに意見も言わずノートをとる習慣がついています。

 

社会に出てからも同様に目上の人にはなかなか意見を言えない風潮があります。

 

そこで突然、対人関係を横に築いていきなさいと言われてもすぐには出来ないですよね。

 

 

でも友達や子供や、後輩なら出来そうじゃないですか?

 


自分が目線を下げるだけでいいので。横の意識はしやすいと思います。

 

 

実際に僕は2人の子供(小3、4歳の共に男)には最近意識してやっています。

 


特に大きな変化はないですが、会話がなんとなく友達感覚になった気がしますし、

 

何より子供が少しずつ以前より話をする様になりました。

 

本当にちょっとした事ですけど、おもちゃの話から、学校、幼稚園の話など増えてきたなと思います。

 

 

さらに今後はそこに自分の意見や感想などを付け加えて話してくれると嬉しいですね。

 

 

暇や余裕がある時は、

 

「その時はどう思ったんだ?どうすればよかった?」など質問してますが、

 

自分の意思をはっきりと伝えれる大人になってほしいと思います。

 

僕がなかなか意見を言えなかった性格だったので、


我が子には逆に

 

はっきりと伝えて欲しいですね!

 

 

では また次回✋️